AIの進化が目覚ましい現代。しかし、人間の思考はAIよりもはるかに複雑で奥深いのだと言われてピンときますか。
私たちは、自分の思考の源についてもう少し関心を持つべきではないでしょうか。
認知バイアスや、知的体幹を強くすることへの関心の延長上で、ノーベル賞科学者のダニエル・カネーマンの主張に触れ、納得する部分がメチャクチャ多かったので、そのエッセンスを紹介させていただきます。
この記事では、人間の思考の仕組みと、賢く生きるためのヒントをご紹介しています。
ぜひ、日々の生活の中で、これらの知識を役立ててみてください。
AI時代を生き抜くために知っておきたい!人間の思考の仕組み
AIの進化が目覚ましい現代ですが、人間の思考はAIよりもはるかに複雑で奥深いものです。
実は、私たちには2つの思考システムが備わっていて、そのうちの1つはAIも真っ青な超高速処理を行う一方で、もう1つは驚くほどユニークな特性を持っているんです。
人間の思考の仕組みの概要を理解する上で、ノーベル賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンが提唱した「二重過程理論」は非常に分かりやすく、本質的な理解に役立つものだと思います。
カーネマンは、人間の思考には2つのシステムが存在することを提唱しました。
システム1:高速で直感的、感情的な思考
システム2:低速で論理的、意識的な思考

システム1、システム2という言葉には、あまり馴染みがないと思いますが、これは決して難しい概念ではなく、直観的に誰でも理解できるものです。
この先の説明を効果的に理解していただく上では重要な部分になりますので、まずは下表でイメージをつかんでおいてください。より具体的な事例は、それぞれの説明の中でご紹介します。

超重要:システム1とシステム2の理解
システム1,システム2という二重過程理論において、私たちの脳は、外界からの情報に対する判断基準を、過去からの経験や知識に基づいて、確率分布的に把握し処理していると言われています(ここが重要!)。例えば、ある人が犬を見たとき、「犬である可能性80%」「猫である可能性15%」「その他の動物である可能性5%」のように、複数の可能性を同時に考慮しているのです。
二重過程理論の考え方は、現在では広く受け入れられ、多くの場面で応用・活用されている重要な理論です。
例えば、行動経済学、マーケティング、教育、医療など、様々な分野で二重過程理論の知見が活用されています。
AI研究においても、人間の思考を理解する上で欠かせない概念として、自動運転の開発を例に挙げることができます。自動運転の開発においては、人間の判断プロセスを模倣するために、二重過程理論が参考にされています。
私たちの脳は、高速かつ直感的な思考を司るシステム1によって、スーパーコンピューターに匹敵するスピードで複雑な情報を処理します。現在のAIが得意とするのは、論理的な思考を司るシステム2の模倣です。
特に、高速かつ直感的な思考を司るシステム1の再現は、現在のAI技術ではまだ困難な状況なのです。自動運転の実用化が遅れている背景には、こうしたシステム1の再現性の難しさがあります。
しかし、人間の高度で複雑な思考処理は、認知バイアスが伴うことがあります。認知バイアスについて知ることは、私たちがより賢く思考し、行動するための第一歩となります。
一方で、システム2には、人類が、特有の文化を育むことができた理由があります。こちらは、AIにおいては得意な領域と言われていますが、本当にそうなのでしょうか。
ここからは、システム1とシステム2について詳しく説明していきます。
システム1とは?高速思考の秘密とメリット・デメリット
システム1の特徴とその戦略
システム1は、生物の進化、生き残り戦術を通して淘汰、洗練されたシステムと考えられます。何故なら、例えば、目の前に迫る危険を高い期待値(確率)で判断できなければ、生き残ることが難しいからです。ここでは、正確性よりも、生存確率を高めるための迅速な判断が優先されるのです。
システム1は、過去の経験や知識に基づいて、迅速かつ自動的に判断を下すことができます。脳は、生存戦略上、外部からの情報を効率的に処理するために、無意識的な処理を多用していると考えられています。しかし、その一方で、認知バイアスの影響を受けやすいという側面も持ち合わせているのです。

システム1では、まず高速であること、そして同時並列的に多様な情報処理が出来ること、更により高い期待値で生命の存続が可能である(確率要件を持つ)ことが求められるのです。
人の思考プロセスにおいては、この無意識下の処理は、刻々変化する外部情報と、確率分布関数的な内面の思考要素を高速で関連付けている可能性が高いと考えられています。
認知バイアスは、この確率分布に影響を与える様々な要因によって生じます。例えば、過去の経験、感情、社会的状況などが、確率分布を歪める可能性があるのです。
システム1は、過去の経験に基づいて迅速な判断を下すため、必ずしも正確ではありません。不確実な情報を許容することで処理速度を獲得した代償として、認知バイアスが生じます。例えば、利用可能性ヒューリスティックでは、直近で起こった出来事や、印象的な出来事など、記憶に残りやすい情報に偏って判断してしまうことで、迅速な判断を可能にしています。
認知バイアスに関しては、別記事でもご説明していますので、興味があればご参照ください。

日常生活で、システム1が機能している具体的な事例
- 朝、目が覚めてすぐに起き上がり、歯を磨く
- 駅の階段を上りながら、スマホでニュースを読む
- 車の運転中に、急に飛び出してきた歩行者を避ける
- レストランでメニューを見て、直感的に食べたいものを決める
- 友達との会話中に、相手の表情を見て感情を読み取る

私たちは、自分では当たり前だと思っているこうした動作の中にも、実は高度な情報処理能力が隠されていることに気づいていません。
AIにおいても、同様の模倣を様々な技術で代用しようとしていますが、実は人の処理能力との間にはとんでもなく高い壁があるのです。現在のコンピューターは、膨大な電力を消費しながらGPUで情報処理を行っていますが、それでもその処理速度は人間の脳には遠く及びません。スーパーコンピューターでも及ばないほどなのです。
少し実感と異なりますね。多くの計算は、経験上コンピューターの方が早いのではないかと感じますね。それは、私たちが無意識下で行っている時の情報量の多さと複雑さを自覚してないからなのです。
つまり、緊急な危険回避に必要な、人のような超高速の情報処理が難しいことが、自動運転の大きな障害となっているのは先ほどご説明した通りです。技術でカバーしようと、様々な代替手段が検討されていますが、ひょっとすると人のレベルに到達するのは、しばらくは難しい状況なのかも知れません。それほどまでに、人のシステム1の性能が高度なことは心に留めておきたいですね。
人類以外の動物にも備わってるシステム1
実は、システム1は、人類以外の動物にも備わってることは、とても重要な視点です。
ただし、このシステム1が無意識化で行う情報処理において、人と動物では扱える情報量の差が決定的に異なることも併せて認識しておきましょう。
人は、複雑なパターンを認識し意味づけることで、システム1においても、社会的な判断や経験に基づく概念的な判断や、精度の高い未来予測までできるのです。
その反面、動物は単純に生存本能的な判断となるのに対して、人は複雑なパターンを認識し意味づけることにより、認知バイアスをも獲得したのかもしれません。
システム2とは?人間らしさの源泉!複雑思考の秘密
システム2の特徴とその戦略
他の動物と人を、知的な認知能力において、決定的に大きく分けているのが、システム2です。
システム1においても、人間以外の動物とは、判断に用いる情報量の違いには明確な差がありますが、高度な知的活動を行うためには、システム2の存在が不可欠なのです。
システム1は、脳の感覚野、偏桃体、大脳基底核などが中心的な役割を果たすのに対して、システム2は、前頭前野を中心とした、主に連合野と呼ばれる大脳皮質で、論理的な思考や問題解決に向けた様々な知的活動を行います。
こうした脳内での活動部位と、システム1,システム2の関連性を把握することは、それぞれの思考の意味や進化の歴史に思いを馳せる上でとても意味のあることだと思います。
システム2は、処理速度を重視するのではなく、より複雑な問題をじっくりと分析し、論理的な思考を行うことができます。

人類は、システム2の発達によって、抽象思考、言語、文化、道具、将来計画といった能力を獲得し、他の動物との決定的な差を生み出しました。
システム1は生存、繁栄のためのシステムであるのに対して、システム2は、高度で、創造的な知的活動すら可能にする、いわば高度な知的活動のためのシステムです。

システム2は、緊急性の低い状況で、正確性や論理性を重視した思考を司ります。しかし、システム2は常に活性化しているわけではなく、意識的な努力が必要です。そうしたシステム1とシステム2のの狭間で認知バイアスによる近道思考は、システム2の思考と勘違いしないための注意が重要なのです。
日常生活で、システム2が機能している具体的な事例
- テスト勉強のために、参考書を読み込み、問題を解く
- 旅行計画を立てるために、目的地や交通手段、宿泊先などを検討する
- プレゼンテーションの資料を作成するために、情報を収集し、構成を考える
- 難しい数学の問題を解くために、公式や定理を思い出し、論理的に考える
- 将来のキャリアプランを立てるために、自分の興味や能力、社会情勢などを分析する

システム2における、創造的・高度な知的活動においては、AIによる量的な情報処理は可能だとしても、人間のような多層的・同時並列的な思考をAIが実現できるかどうかは、まだまだ疑問の余地が残ります。AIは大量のデータを処理する能力を持ちますが、複雑で創造的な思考をする人間の脳のような柔軟性が不足しているのかもしれません。
思考の罠!認知バイアスの正体と対策
脳の活動は、意識的な思考に先行する無意識的なプロセスによって支えられていることが、科学的な研究によって示されています。
認知バイアスは、無意識下で確率分布関数的な思考要素同士を高速で関連付けている処理において、処理速度と引き換えに、その人の過去の経験、感情、社会的状況などに起因した確率分布関数の歪みや偏りによる不確実な情報を許容することにより生まれます。

無意識的なプロセスは、生存のための最速の判断を得るために、不確かさを許容しつつ効率的な選択を可能にしますが、その過程で様々な認知バイアスが生じるのです。
実験での確認により、人は時間制限がない場合には、認知バイアスの影響が軽減されることが示されています。
人の認知バイアスが生まれる理由が分かれば、対処方法もおのずと理解しやすくなります。つまり、システム1的な思考領域で生まれた認知バイアスの存在を意識して、システム2的な思考プロセスで見直すことが必要なのです。
認知バイアスへの対策例
- メタ認知: 自分の思考プロセスを意識し、確証バイアスに気づくこと
- 批判的思考: 情報源の信頼性や論理的妥当性を批判的に評価する能力を養うこと
- 多様な視点: 異なる意見や情報に触れる(議論や読書など)ことで、自分の偏見に気づくこと
- 客観的な証拠: 個人的な経験や感情だけでなく、客観的な証拠に基づいて判断すること
- ジャーナリング: 自分の考えや感情を書き出すことで、思考プロセスを客観的に見つめ直す
つまり、システム1に強く誘発された、瞬間的で直観的な判断をそのまま信用するのではなく、時間をおいてじっくり考え、本当にそれは適切な判断なのかを考え直すプロセスが、人には必要ということなのです。
人は、自ら導いた結論に対しては、確証バイアスが働くことで、その考えを強化しようとする傾向があります。そのため、出来るだけ早い段階で、システム1に基づく判断を疑い、見直すことが重要となります。
ある程度訓練すれば、考え直すプロセスを経て、システム1の判断の精度自体も改善できる可能性が期待できます。
ダニエル・カーネマンは、こうした人の非合理な思考のくせに対して、「私たちは、賢い決断が素早く下されることを期待してはいけない」と表現しています。
人は何故パニックになるのか:思考の仕組みで簡単理解
人がパニックに陥る原因
システム1とシステム2の連動や分担が混乱することで、人は冷静さを失い、パニックに陥ることが予測されます。

- システム1の過剰な活性化: 危険や脅威を察知したシステム1が過剰に活性化し、強い不安や恐怖を感じる
- システム2の機能低下: 感情的な興奮によって、システム2の論理的な思考や状況判断を司る機能が低下する
- システム1とシステム2の連動の混乱: システム2がシステム1を制御できなくなり、感情や衝動的な行動が優位になる
具体的な事例:地震が起きた時
通常であれば、システム2がシステム1の感情を制御し、冷静な判断に基づいて行動することができますが、パニック時は下記のような状況に陥ると考えられます。
- システム1: 揺れを感じて「危険だ!」と瞬時に判断し、恐怖を感じる
- システム2: 過去の経験や知識に基づいて、「安全な場所に避難しなければ」と考える
- システム1とシステム2の連動の混乱: システム1の感情が暴走し、システム2が機能しなくなる
その結果、下記のような不適切な判断と行動となりがちです。
- 避難前の必要最低限の準備行動が出来ず、思い付いた無駄なものを持って出る
- 混乱して逃げ遅れたり、避難行動自体ができない
- 周囲の人に流されて危険な場所に移動してしまう
パニックを防ぐためには
まずは冷静になることが大切です。その上で、情報を整理しましょう。
- システム1の感情に気づく: 恐怖や不安を感じている自分に気づき、深呼吸などをして落ち着く
- システム2を意識的に働かせる: 論理的に状況を判断し、取るべき行動を考える
- 情報源の信頼性を確認する: 不確かな情報に惑わされず、公的機関や専門家の情報を参考にする
一言で言うと、「落ち着け!」ということなんでしょうね。
「人には自由意志はない」問題に対する考察
YouTubeなどでは、著名な脳科学者を含めた一部の人が、「脳の活動が意識的な思考に先行する、無意識的なプロセスによって支えられている」ことを根拠に、人は自分の意思で決める以前に、既に脳内で導かれた意図に左右されており、「人には自由意志はない」ということは既にコンセンサスだ、などと言い切る論調を見かけます。
しかし、これはこれまでにご紹介した、人の思考プロセスに対する理解不足から発せられる言葉のように見えますね。
人が何らかの決定をするまでに扱う情報の量は膨大で、人はそれを瞬時に処理することはできません。これまでご説明した、確率分布関数的な思考要素同士を高速で関連付ける脳内処理のためには、「結論としての自分の意思」を導く前に、脳内で無意識領域が活性化するのは当然のことなのです。様々な条件を複雑に考える場合、数秒の無意識領域が活性化するのは当然のことだとは考えられないでしょうか。
あくまでも私の個人の感想に過ぎないかもしれませんが、かなり合理的な理解の仕方ではないでしょうか。
まとめ
如何だったでしょうか。
聞き慣れない話なので、少しでも概要をご理解いただきたいと思い、くどい内容になったかもしれません。
しかし、本当に大事な話だと思っています。
この先も健康な思考能力を維持するためにも、これまでなじみのない領域に興味を持ち、新たな可能性を模索してみてはいかがでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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