私たちはずっと、「血圧がある基準を超えるとよくない」と言われ続けてきました。
しかし、人は生まれながらに「その人固有」の適正な血圧を持っていて、それは正規分布という連続的な分布に近くなることが知られてます。これは、世界的な疫学的、生理学的な研究に基づくコンセンサスです。
この理解は、人ごとに異なる「高血圧になる事情」を知ることの基盤となります。
一般に「高血圧は体に悪い」と言われますが、それは本当に、すべての人に当てはまるのでしょうか。
実は、血圧の「基準値」がどのような前提で設定されているのかを丁寧に見ていくと、
その科学的根拠は、私たちが想像しているほど単純ではありません。
その中で「高血圧は体に悪い」、という言葉だけが独り歩きしています。
しかし、高齢者では誰もが高血圧になっていくことも、世界的な研究で科学的なコンセンサスです。
人ごとに「良くない高血圧」の基準が異なる理由があります。
この記事では、血圧の多様性ゆえに、血圧をある基準で語ることに「根拠はない」ことと、私たちの選択枝について、科学的な知見に基づいて詳しくご紹介します。
日本高血圧学会ガイドライン2025が抱える構造的問題
この基準改定に関しては、その根拠の脆弱性と非合理性を別記事で詳細に説明していますので、ここでは簡単に改定内容だけ触れておきます。
重要なポイントは、2019年版では75歳以上の高齢者に認められていた「140/90mmHg未満」という緩和目標が撤廃され、全年齢で一律に「130/80mmHg未満」を目指す、とされた点です。
別記事に言及した通り、この改定に際して引用された論文は、どれ一つとして「国民全体の血圧管理目標を一律に引き下げる」ことを直接支持する設計にはなっていないのです。
今回の私の記事では、人の血圧の多様性の本質的な意味の視点で、日本高血圧学会が啓もうする基準値の無理筋と空虚感を検証します。
2025年版ガイダンスにおいても、高齢者における低血圧、失神、急性腎障害などの有害事象に対して、表面的な配慮の言及はあるのですが、はたして現場における運用は適切に管理できるのでしょうか。
高齢者を危険な状況に置きかねない今回の改定には、科学的な知見からはその合理性には疑問が尽きません。
人類の「血圧分布の多様性」は進化生物学的な必然という真実
血圧における集団内の正規分布に近い分散は、進化生物学的に見ると、「こうした分布を内包する集団が、結果として生き残ってきた」という事実を示唆しています。
主要な血圧規定因子である腎機能の特性は、出生時にほぼ決まるものであり、個体にとっては制御不能な要素(いいかえれば「運」)に近いものです。しかし、極端に不利でない限り、それらの特性は次世代へと残り続けてきました。
個人レベルでは残酷なこの事実も、集団として見ると、こうした機能差の分布は、予測不能な環境変化に対する適応幅として働きます。
多様な生理特性を内包すること自体が、結果として生存確率を高めてきた――進化とは、そのような構造をもつ集団が残る過程でもあります。
この観点に立てば、血圧の分布そのものに「正常/異常」という二分法を当てはめることには、本質的な限界があることが分かります。
少なくとも、集団の分布から一義的な「至適値」を導くことや、それを個人に一律に適用することには、現時点で利用可能な科学的エビデンスからは支持されていません。
確かに、「血圧が一定以上高いと心血管イベントの発生率を高める」というエビデンスはあります。
しかし、それは集団平均としてのリスク評価であり、個々人にとっての最適な血圧水準を示すものではありません。集団統計の結果を、そのまま個人の目標値に転用することには、論理的な飛躍があります。
そうした理解に基づいて俯瞰してみると、これまでに国民全体に適用可能な単一の血圧基準値を科学的に導出することを目的とした研究は存在していません。そして、生物学的多様性を前提とする限り、そのような研究設計自体が成立しにくいという構造的な制約があります。

日本人成人集団における血圧分布について:実情理解のための整理
以下の数値は、私たちの生理的特性の多様性の観点で、約95%が収まる範囲を例示したまでであり、病的な原因(内分泌疾患、腎疾患など)が否定されている場合、上下限の外の血圧も、生物学的個体差の範疇として理解されます。
(年齢や経時変化の影響で変化する特性の為、概算になりますが、多くの疫学論文等で言及されています)
- 平均、あるいは中央値(μ):125〜130 mmHg、 標準偏差(σ):15 mmHg 前後
- 2σの上限≒160 mmHg
- 2σの下限≒100 mmHg
これは、個々人の健康状態や心血管リスクを評価するための目標値や推奨値を意味するものではありません。
160mmHgを超える血圧は、心血管イベントの発生率が高い可能性がありますが、この分布の理解においては、単に、生来の生物的特性に基づく必然という意味しかなく、平均値で語るリスク論とは別議論の話です。
上記は「基準とは無関係」な客観的な事実です。
一方で、「正常血圧」という言葉は、分布に対して後から基準値を置いているだけで、生理的実体への作為的な介入結果に過ぎないのです。そこに根拠があるなら、科学的なアプローチといえるのですが。
私たちの血圧を決めているものは何?
ここからは、私たち人類の進化生物学的な意味を持つ、この「生理的特性の多様性」がどのように生まれているのかを知り、生命の神秘をより深く理解していきます。
実は、血圧の集団分布(ほぼ正規分布に近い形)は、単一要因ではなく、階層の異なる要因の重なりでできています。
❶集団分布の“骨格”を決める支配的要因:腎機能と血管構造
以下の要因は、出生時の素因と発達過程によって大枠が規定され、その後も血圧に支配的な影響を及ぼす生理特性です。
- 腎機能の個体差
- ネフロン数
- Na排泄能力
- RAAS(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系)の感受性
- 血管構造(動脈の太さ・硬さ)
これらが、「その人の血圧レンジ(ベースの血圧範囲)」を規定します。
それは短期的な変動要素ではなく、遺伝+発達+加齢が変化要素となります。
❷集団分布の“揺らぎ”としての可塑的調整因子:神経伝達物質と心機能
以下の要因は、生物学的な基盤は先天的ですが、
自律神経や内分泌系を介して、同一個体内での血圧の変動幅や一時的な上振れ・下振れに寄与します。これらは集団分布の骨格そのものを決める主因ではなく、
既に規定された血圧レンジの中での「揺らぎ」を生む要因と理解すべきものです。
- 交感神経活動
- 副腎髄質:アドレナリン・ノルアドレナリン
- 副腎皮質:コルチゾール
- 日内変動(サーカディアンリズム)
- 心拍数・心拍出量(これらは主に上記因子により二次的に変動する)
重要な整理:血圧の分布を論じる視点では、心臓は血圧を「決める主役」ではなく、腎・血管によって設定された血圧レンジの中で、神経・内分泌の指令に応じて働く「応答器官」という位置づけになることの理解が重要です。
補足するなら、心拍出量は、需要(運動・姿勢・ストレス)に応じて即座に変わり、長期的には腎・血管系に強く制御されるものと位置付けられます。
❸集団分布を歪める後天的な環境要因・行動因子:生活習慣など
以下の要因は、後天的な環境要因で、かつ分布を上側(高血圧側)に移動させる(歪める)影響が大きい因子で、分布の高血圧側の裾を厚くする方向に作用します。
- 食塩摂取
- 肥満
- 睡眠
- 慢性ストレス
生活習慣の見直しで出来る個人最適とは
進化生物学的には広範な血圧分布が必然的だとしても、高血圧状態では血管内壁へのストレスとなるなど、心血管イベントのリスクにつながること自体は否定できません。
一方で、ある状態における、ある人の適正血圧を知ることは簡単ではありません。病的な因子が顕在化して明らかでない限り、生活習慣の改善での適応はより賢明な選択なのではないでしょうか。
生活習慣の改善でできることという視点では、結論から言うと、
❶はほぼ変えられない、❷は“整えられる”、❸は“確実に動かせる”ということになります。
❶腎機能の個体差や血管構造:”ほぼ変えられない”ベースラインの決定要因
これらは、「努力不足」や「自己管理」の問題ではありません。
この事実は、個体差を無視した一律目標が非合理的なことを強く示唆しています。
| 要因 | 生活介入の影響 |
|---|---|
| ネフロン数 | 変えられない |
| Na排泄能力 | 体質差が大きい |
| RAAS感受性 | 体質依存が強い |
| 血管構造 | 加齢で悪化、若年期の影響は限定的 |
❷交感神経活動やストレス耐性:“整えられる”可塑的調整因子
生活習慣の見直しで、より良い状態への改善が可能ですが、本質的な意味で血圧を管理している要因ではありません。
朝高血圧・白衣高血圧・仮面高血圧への対応は主にこの領域で、血圧の“ブレ”を調整しうる要因です。
| 要因 | 介入可能性 | 具体策 |
|---|---|---|
| 交感神経活動 | 高 | 有酸素運動、深呼吸 |
| アドレナリン | 中 | カフェイン管理、睡眠 |
| コルチゾール | 中〜高 | 睡眠、ストレス整理 |
| 日内変動 | 中 | 起床・就寝時刻の固定 |
これらは、トレーニング、睡眠、慢性ストレス、加齢などの影響を受ける要素です。
❸まさに生活習慣そのもの:“確実に動かせる”「環境・行動因子」
主に食事や適度な運動、飲酒、喫煙習慣など、生活習慣全般にわたる活動の結果が、血圧を良くない方向に導く要因です。
高血圧状態においては、特に意識し実践が有効な管理項目といえます。
| 要因 | エビデンス | コメント |
|---|---|---|
| 食塩摂取 | 非常に強い | 個人差あり(塩感受性) |
| 肥満 | 非常に強い | 特に内臓脂肪 |
| 睡眠 | 中〜強 | 睡眠時無呼吸含む |
| 慢性ストレス | 中 | 直接・間接の両方 |
私たちの血圧は、「❶生まれつき決まる生物学的な基盤」の上に、「❷生理的な揺らぎ」と「❸生活環境による歪み」が重なって形成されています。
にもかかわらず、この階層構造を無視して単一の数値目標を個人に適用することは、科学的にも生物学的にも無理があるのです。
大まかにまとめると、血圧は下記のイメージで、各要因からの影響度が変遷する特徴があります。
| 年代 | 支配的因子 |
|---|---|
| 若年 | ネフロン数・Na排泄能・交感神経反応性 |
| 中年 | 上記+体液量・生活習慣 |
| 高齢 | 上記+血管弾性低下・圧反射低下 |

日本高血圧学会(JSH)の定めるガイドラインの筋違い
JSHの基準値は、大規模疫学研究、RCT(介入試験)、メタアナリシスに基づき、「血圧が高い集団ほど、心血管イベントの発生確率が統計的に高い」という相対的な傾向を根拠としています。
確かに、存在する研究データに基づいている点を見れば科学的な主張に見えますが、そもそも、一部の限定条件で得られた知見を、過度に一般化している点が大きな問題です。
「日本人全般の血圧特性に言及できるような研究データなど存在していない」のにです。
研究結果において絶対的なリスク発生率は低いのに、相対率に変換して過剰に誇張したり、降圧による低灌流、転倒、腎機能低下、QOL低下、認知機能などへの影響の、総合的な考察や言及もありません。
ベネフィットとリスクが対称に扱われていないことは、科学的な姿勢として大問題といわざるをえません。
そして、何より、血圧自体が問題かのよう主張が多数見受けられます。
あたかも「血圧=独立した操作対象」であり、下げればイベントが減るかのように主張します。
しかし、「血圧=腎機能・Na処理・灌流維持の恒常性の結果変数」に過ぎないのであり、血圧上昇は個体差を内包した生理的適応なのです。
まさに本末転倒なのです。
彼らの主張は、個人的な病状がどうなるかには無関心で、統計的で平均的な指標を用いて、血圧を集団管理の道具にしようとしているようにしか理解できないのです。
行政・公衆衛生目的で「社会全体で心血管イベントを少しでも減らす」と言いたいのかもしれませんが、その前提となる統計的で平均的な指標すら、論文の「切り抜き」的な論理では科学的議論になりません。
これは、臨床現場の個別最適と、行政・公衆衛生の集団最適を混同していることに起因する問題とも言えます。
まとめ
私たちの一人一人の血圧は、個体差を内包した生理的適応に過ぎません。
多くのサンプルによる研究だとしても、条件を限定し、且つ平均的な傾向がどうであるかなどは、個人の都合には関係ないのです。
全体傾向としてすら科学的合理性を欠く基準値で、個人の都合に暴力的に介入する論理を見極め、私たちは、自分自身の体の発する声に耳を傾けるべきなのです。
多くの人にとって重要なのは、与えられた自分の生理的特性を「是」として、変化していく体内環境の中で、努力で向き合うべきことと、本当に治療的なアプローチが必要なことを見極める力ではないでしょうか。
根拠資料:血圧分布が正規分布に近いことの研究論文等
- Framingham Heart Study(若年成人層の初期データ)
- INTERSALT(20–59歳の多国籍データ)
- NHANES(20–39歳健常者サブ解析)
- 日本人では、若年健常者の学校健診・職域健診データ

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