『なぜ、わかっているはずなのに、同じ失敗を繰り返してしまうんだろう?』
『あんな情報、なんで信じちゃったんだろう?』
そんな風に思った経験、ありませんか? 実はそれ、あなたの意思が弱いからではありません。私たちの脳にひそむ、ある“思考のクセ”が原因かもしれません。
この“思考のクセ”を理解するために、まずは私たちは自分の脳がどのように働いているのかを知っておく必要があります。私たちは全員、普段は意識していませんが、ノーベル賞科学者ダニエル・カーネマンが提唱した「二重過程理論」に基づき、次の2つの思考パターンを使い分けて物事を考え、判断していることが分かっています。
- システム1:直感モード (無意識、高速、感情的)
例: 信号の色を見て止まる、急ブレーキを踏むなど - システム2:熟考モード (意識的、低速、論理的)
例: 複雑な計算をする、引っ越し先を選ぶなど
このうち『直感モード』において、素早い判断と引き換えに『思考の近道』を取ってしまうことで生じる“思考のクセ”こそが、認知バイアスと呼ばれるものです。これは人間なら誰にでも備わっている、ごく自然なものなのです。
具体的には、自分に都合のいい情報ばかり信じたり、周りの人が信じていることを正しいと思い込んだり…。知らず知らずのうちに、私たちの正しい判断を邪魔してしまう仕組みが働いてしまうのです。
そして、多くの人がその存在を自覚していないため、メディアやSNSなどによる見えない情報操作に利用されることさえあります。
しかし認知バイアスは決して怖いものでも、特別に難しいものでもありません。その存在を知り、自分の思考パターンを理解することで、私たちはより賢く、より後悔の少ない選択ができるようになります。そして、他者に悪用されないための判断力を手に入れることができます。
この記事では、「自分がなぜそう考えているのか」「それは本当に正しいのか」を客観的に見つめ直すために、私たちが何かを考える時に自動的に発動されるこの「認知バイアス」の仕組みとその向き合い方について詳しくご説明していきます。
私たちの思考は、実は「あやふや!」:その仕組みと理由とは
日常で感じる「なぜかうまくいかない」判断の裏側にあるもの、それこそが認知バイアスです!
私たちは、「じっくり丁寧に物事を考えている」と思っているかもしれませんが、実は自分で思っているほどしっかり理解したり判断できていないのだと言われています。それは、私たちの思考は、直感モード (システム1)の影響を引きずることが多いのと、更にノイズとしての認知バイアスの影響を受けやすい特性があるからです。

深い思考ができる人は、こうした思考のクセを自覚し、自分の思考を俯瞰して捉え直す(メタ認知)能力を身につけています。これも決して難しいことではなく、意識して習慣化することで誰でも出来ることです。
冒頭で触れた、「二重過程理論」において、素早く直観的に目の前の状況を理解し判断するシステム1の行動が、その先の時間をかけてじっくり考えるシステム2のプロセスにまで影響していることの自覚が大切です。そして、システム1の思考の中で生まれた認知バイアスの影響も含めて、情報の取捨選択・分析・再考察により的確な判断へと見直す意識が必要なのです。
二重過程理論については、別記事で改めてご説明していますので、興味があればそちらもご参照ください。
私たちの正しい判断を邪魔する「認知バイアス」とは?
知らないと損する!「認知バイアス」が生まれるメカニズム
では、なぜ私たちの思考には認知バイアスという、ネガティブともとれる仕組みが生まれてしまうのでしょうか?
その主な原因は、高速で直感的な判断を行う「システム1」の働きにあります。システム1は私たちの思考を素早く動かすために不可欠ですが、その特性ゆえにバイアスを生み出しやすいのです。

1.情報処理能力の限界
私たちの脳は、日々膨大な情報に晒されています。この莫大な情報をすべて論理的に、かつ詳細に処理しようとすると、時間もエネルギーも到底足りません。そのため、脳は情報を効率的に処理するために、無意識に「簡略化」を行います。
この簡略化されたルールや、おおよその見当で迅速な判断を下そうとする際に、思考の「近道」が生まれ、それがバイアスとして現れることがあります。複雑な現実をシンプルに理解しようとする脳の「努力」の結果とも言え面もあり、直ちに否定すべきものではないのです。
2.省エネ思考
じっくり考えて論理的に判断する「システム2」には、大量のエネルギーを消費し、脳にとって「疲れる」作業です。そのため、私たちの脳はできるだけ「システム1」を多用する傾向があります。
この省エネ志向が、「これで大丈夫だろう」といった安直な答えにつながることが少なくありません。じっくり考えるべき場面でも、無意識のうちに直感に頼ってしまい、結果的に偏った判断をしてしまうことがあるのです。
3.感情や経験の影響
人間は、論理だけでなく、感情や過去の経験に強く影響される生き物です。これらの要素が無意識のうちに私たちの判断を歪めることがあります。
私たちは、過去の成功体験や学習によって、特定のパターンを認識し、それに基づいて判断するようになります。これは学習のプロセスとしては有効ですが、その経験が必ずしも客観的でなかったり、今の状況に合致しなかったりする場合、バイアスを生む原因となります。
また、私たちは自分の信念や期待に合致する情報ばかりを選び取りがちな「確証バイアス」といったクセも持っています。これにより、視野が狭まり、多角的な視点を見落としてしまうことがあります。
認知バイアスとは?
認知バイアスというのは、私たちが物事を判断する際に、無意識のうちに特定の情報に過度に重きを置いたり、特定の解釈に偏ってしまう心理的な傾向のことです。
まるで、歪んだレンズを通して世界を見ているようなもので、客観的な判断を妨げてしまうことがあります。

代表的な認知バイアスの具体例
認知バイアスは全ての人に普通に備わる思考のクセで、そのパターンは200を超えると言われています。
- 確証バイアス:自分に都合のいい情報だけを集める
- 損失回避バイアス:損失を過度に恐れ、不合理な選択をする
- アンカリング:最初に提示された情報に引きずられる
- バンドワゴン効果:みんながやっていると正しいと思い込む
- 利用可能性ヒューリスティック:思い出しやすい情報で判断する
ここではほんの一例のご紹介ですが、末尾に体系的なまとめや、もう少し具体的で細かいご説明をまとめておきます。

私たちが「正しい」と思い、「毎回同じように判断している」と思っていることは、実際にはこうした思考のノイズにより、毎回微妙にズレていることの方が多いのかもしれないのです。
私たちの生活に潜む認知バイアス
認知バイアスは、私たちの日常生活のあらゆる場面で知らないうちに現れているのです。重要なのはそのことを認識しておくことです。
- ニュースの見方:自分と異なる意見のニュースは無視し、自分の意見を裏付けるニュースばかりを信じる
- 商品の選択:ブランドイメージや口コミに過度に影響され、商品の品質を客観的に評価できない
- 人間関係:特定の人の行動を、過去の経験に基づいて決めつけてしまう
他人に対する偏見や誤解を生み出し、対人関係を悪化させる - 政治:政治家の支持や政策に対する評価が、感情的な側面に大きく左右される
- 経済:投資判断や消費行動が、過去の経験や感情に左右され、非合理的な選択をする
自分では「客観的な判断が出来ている」と思っている事も、実は様々な認知バイアスの影響を受けて、偏った見方や判断になってしまているのかもしれないのです。
特にSNSやマスメディアから流れてくる情報は、「既に偏った情報である」ことが少なくありません。

こうしたことはあくまでも1事例であり、時と場所、そして人により変わると思いますが、大なり小なり認知バイアスの影響を受けているのに「自分の判断」だと思い込んでいることは少なくないのではないでしょうか。そう!実はとても多いのです。
認知バイアスを「味方につける」には? 〜自己理解と賢い活かし方〜
認知バイアスを克服する方法
こうした認知バイアスは、私たちの思考に深く根付いていますが、克服することはそれほど難しいことではありません。
- 自己認識:自分の脳にもバイアスがあることを自覚する「メタ認知」が重要な最初のステップです
・自分の思考を振り返り、情報の選択を含めて客観的で公平公正な論理的思考が出来ているかを見つめ直す力が重要です - 批判的思考:情報を鵜呑みにせず、常に疑問を持ち、複数の視点から物事を考えます
・悪意ある情報操作から身を守ることを意識し、批判的な思考を大切にします
・「みんなが買っている」「専門家が言っている」といった権威や同調圧力には特に注意します
・「これは本当か?」「他に可能性はないか?」「誰の利益になる情報か?」と常に問いかけれます
・感情を強く刺激する情報ほど、一度立ち止まって冷静になり、即答は避けます - 多様な意見への耳傾け:自分と異なる意見を持つ人との対話を通じて、新たな視点を得るようにします
- 客観的な視点を持つ: 感情的な判断を避け、主観や先入観ではなく事実に基づいて判断します
・熟慮するシステム2の思考を意識的に使い、重要な決断の際は立ち止まり、あえて時間をかけて情報を集め、多角的に検討するようにします
・チェックリストなど、判断の前に確認するべき項目を設け、見落としや判断ミスを防ぎます

そして、認知バイアスを考える時の注意点もあります。
- 文化的な違い:これらのバイアスの影響は、文化や社会によって異なる可能性があります
・例えば、集団主義的な文化では、内集団バイアスがより強く働くかもしれません - 個人の違い:同じ状況下でも、人によってこれらのバイアスの影響の受け方は異なります
・性格や過去の経験などが、バイアスの現れ方に影響を与える可能性があります - 状況依存性:バイアスは、状況によって強弱が変化します
・例えば、時間的な余裕がない状況下では、ヒューリスティック(近道思考)に頼りがちになり、バイアスの影響を受けやすくなります
認知バイアスの体系的なまとめ:代表的で重要な認知バイアスと対応策
比較的重要と言われている認知バイアスを、体系的に整理してみました。

■認知ヒューリスティック (単純化された手法や思考の近道)
・利用可能性ヒューリスティック:直近の経験や印象深い記憶を過度に重視して判断を下すこと
〔対策〕主観的な情報で決めつけず、統計データなども活用し客観的な視点を忘れない
・代表性ヒューリスティック: 物事を全体像ではなく、典型的な事例と比較して判断すること
■感情バイアス
・感情バイアス:感情が意思決定や判断に影響を与えること
・感情依存バイアス: 感情が強く働く出来事や情報を過大評価すること
・感情伝染バイアス: 他人の感情が自分に伝染し、それに基づいて行動すること
■社会的バイアス
・内集団バイアス:自分が属する集団を過大評価し、他の集団を差別的に評価する傾向
〔対策〕閉鎖的な集団の意見や価値観だけでなく、多様な意見に耳を傾け、客観的に評価、判断する
・バンドワゴン効果:多くの人が支持している意見や行動に影響を受けること
・社会的証拠バイアス:他人の行動や意見を参考にして判断を行うこと
・ステレオタイプバイアス:グループ全体に対する固定観念が、個々の価値観や偏見の形成に寄与する
・固定観念:過去の経験や情報に基づいて、新しい情報や状況に対して固定的な考え方をしてしまう
・外集団バイアス:内集団以外のグループに対する否定的な感情
・偽の合意効果:自分の意見や行動が他の人にも共有されていると過剰に信じること
■注意バイアス
・選択的注意:自分の関心や興味に基づいて特定の情報にだけ注意を向けること
■自己関連バイアス
・確証バイアス:自分の信念や仮説に都合の良い情報だけを選択的に集め、反証を無視する傾向
〔対策〕賛成意見だけでなく反対意見も積極的に探し検討し、賛成意見も論理的に説明し裏付け検証する
・自己奉仕バイアス:成功は自分の努力や能力に帰し、失敗は外部の要因に帰する傾向
〔対策〕物事を公平公正に観察し、自己中心的な考えにならないように気をつける
・自己中心バイアス:自分自身の視点を過度に重視し、他者の視点や状況を軽視する傾向
・自己価値バイアス:自分の行動や判断を他人のそれよりも肯定的に評価する傾向
・自信過剰バイアス:自分の判断や能力に過度に自信を持つこと
・自己関連記憶バイアス:自分に関連する情報を優先的に記憶すること
■判断バイアス
・アンカリング効果:最初に与えられた情報に強く影響され、それに基づいて判断を行うこと
・ハロー効果:一部のポジティブな特徴ににょり全体の特徴もポジティブに見せること
・ホーン効果:一部のネガティブな特徴が全体の特徴もネガティブに見せること
〔対策〕両効果共に、人や物事を部分的な特徴や側面で評価するのではなく総合的に評価したり、初対面だけでその人を判断するのではなく複数の機会を通じて理解を深める
・帰属バイアス:他人の行動をその人の性格や意図に帰す傾向
・結果バイアス:事後的に結果を見て、その結果を予測できたと考えること
■派生的な概念
・現状維持バイアス:現状を維持しようとする傾向が強く、変化を恐れがち
・後見の明バイアス:事後的に見ると、起こった出来事が最初から予測できたように思ってしまう
・フレーミング効果:情報の提示方法によって意思決定が影響されること
・生存バイアス:成功事例のみを見て、その背後にある失敗事例を無視すること
・恒常性バイアス:現在の状態が将来も続くと予測すること
・確実性バイアス:確実でない状況においても確実な結果を求める傾向
・正常性バイアス:異常な状況に直面した際、正常であると信じ込み対処を怠ること
・ステータス・クオー・バイアス: 現状を維持することを好む傾向
・損失回避バイアス:利益よりも損失を避けることを優先する傾向
・群衆心理バイアス:群衆の中で他人の行動や意見に影響されやすくなること
・アクター・オブザーバー・バイアス:自分の行動は状況のせいにし、他人の行動はその人の性格のせいにする
・情報バイアス:不要な情報でも多くの情報がある方が良いと考えること
・影響効果: 物事の順番やタイミングが判断に影響を与えること
まとめ
認知バイアスは、私たちの思考を歪め、客観的な判断を妨げる可能性があります。
しかし、これらのバイアスの存在を意識し、克服するための努力をすることで、より客観的で合理的な判断を下せるようになります。
ご自身の思考、意見に自信が持てるように、今一度、認知バイアスのことを考えてみませんか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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