40年近く毎日2合飲んでいた私が、ある日突然、断酒を始めてみました。
その結果、わずか3週間で「朝の体の軽さ」と「目が楽」で、感動レベルで驚いています!
この変化は一体なぜ?そして、このチャレンジに価値はあったのか?
この記事では、私の実体験とその裏にある科学的な理由を詳しくご紹介します。
そこには、まさに『体調がいい!それだけ』とシンプルに断言できるほどの変化と、『これまで失ってきたもの』への気付きがありました。
わずか3週間で実感!私が体験した驚きの体調変化
この3週間程度の試みで、下記のように、一部の明確な断酒(減酒)の効果を強く実感しています。その他にも、何となく良さそうな兆候もいくつかありました。
- ハッキリ感じた、価値ある効果
・朝起きた時のドンヨリした疲労感が全くなく、目覚めた時の身体がとても軽く感じます
・眼精疲労が酷かったのですが、大幅に楽になりました - 何となく「そうかな」と感じること
・努力してないのに、体重が少しづつ減少しています(一時的なものかもしれません)
・文章を書いたり調べ物をして、考える作業をするときの頭のクリアさが大幅に良くなった実感があります
・なんとなくですが、以前より思い出すのに苦労しなくなったり、記憶が継続しやすい気がします
後半部分の効果については、今のところは何となくそんな気がするだけです。

しかし、そこにはそうなるかも知れない明確な理由が有ります。お酒の害は、次のような症状に広く影響していることは、科学的に明らかになっているからです。
断酒がもたらす科学的な効果:ホメオスタシス回復と心身の変化
飲酒は、私たちの体が正常な状態を保つための重要な機能であるホメオスタシス(恒常性)に大きな負担をかけます。アルコールが体に入ると、主に以下のような悪影響が生じるのです。
- 肝臓機能の低下:アルコール分解のために肝臓が過剰に働き、他の重要な代謝機能が疎かになります
- 体液バランスの乱れ:体温や水分バランスが崩れ、脱水や冷えを引き起こしやすくなります
- 体内環境の悪化:体内の酸性度が乱れ、疲労回復が遅れる原因となります
- 脳機能の低下:神経伝達物質の働きも阻害され、神経細胞のバランスが崩れ、思考力、判断力、記憶力が低下することで、意識の混濁や記憶の質の低下に繋がります
- エネルギー不足:体を動かすための主要なエネルギー源であるATPの生成が阻害され、消費が増えるため、全体的なエネルギー効率が悪化します
つまり、飲酒は体のバランスを壊し、正常な機能を阻害するため、断酒することでこれらの悪影響が取り除かれ、体本来の回復力と機能が戻り、心身の健康が向上する次のような効果が期待できます。
- 睡眠の質の改善:深い眠りが得られ、疲労回復が順調で、その結果目覚めが爽快になる
- 消化器系の改善:飲酒は、内臓への負担もあるため、胃もたれや、朝の胃の不快感が解消、軽減される
- 体重・体脂肪の変化:過剰なカロリー摂取の削減、体のむくみが取れたり、体脂肪の減少が期待できる
- 肌の調子:内臓機能への軽減の効果で、顔色が良くなったり、目の下のクマが薄くなる期待ができます
- 集中力の向上:睡眠の質や、体調改善で、日中の眠気が軽減され、作業の集中度が向上する期待が出来る
- 気分の安定:飲酒後の高揚感と翌日の気分の落ち込みや、イライラが軽減できる
- 記憶力の改善:飲酒は、記憶の定着には悪影響があることから、翌日の記憶に関して改善が期待される
強制されないから続く?自己意思で始める断酒の強み
長年、毎日のように晩酌を楽しんできた私は、「お酒を飲むことは、必要不可欠な心豊かな生活の一部で、不動の価値」と強く確信していて、妻からどんなに言われても、決してこの習慣を止めることはありませんでした。
そんな私ですが、以前の記事で、飲酒の「薬害」について具体的なデータと共にその危険性をお伝えしてきました。その流れで、このたび思い立って断酒をしてみたのです。
断酒と書きましたが、実は、完全な断酒ではなく、妻へのお付き合いで350ml(4%)の缶ビール半分を週に2~3回という、文字通り「おちょこ一杯」程度のアルコール摂取量(約14~21g/週)を継続しています。
継続できている理由は、上記の通りその効果が実感できることと、更なる変化への楽しみです。

今回のことで、誰かに強制されるのではなく、自分意志で始め、判断することで人は継続できることを学びました。
人に言われてやり続ける時のエネルギーは、出来なかったときの「罪悪感」かもしれませんが、自らの意志で実行することがもたらす「達成感」「納得性」は最高のご褒美なのかもしれませんね。人は禁止されたり、規制されることを好まない生き物です。
それでもお酒を全否定せず、距離を保ち楽しむつもりの私、何故?
正直なところ、いいウィスキーのストレートの味は忘れがたいものがありますし、汗をかいた後のビールは美味しいですし、日本酒に至っては、趣味の釣りを通して熟成した美味しい刺身をあてに、純米大吟醸のお酒や、辛口の純米酒の熱燗を頂きたい気持ちは、今でもくすぶっています。
私は日本酒なら5合くらいを飲むほどに、お酒は大好きでした。そして、皆で飲み交わすお酒の楽しさもあります。
「それらの効果は、『毒』で得るものだと理解し、習慣的な飲酒を遠ざければ問題ない」、というのが現時点の私の到達点です。
数千年に及ぶ歴史と文化には、一定の価値があるような気もします。しかし、本当は、毒による文化が美しいのか?という思いも強くあります。
別記事では、飲酒による薬害について、もう少し踏み込んだご紹介もしています。飲酒のメリットとデメリットについての更なる理解を深め、飲酒との向き合い方を見つめ直す機会にしていただければ幸いです。
禁断症状について
私のような飲酒の習慣の人が、急に飲酒をやめた場合、多くのケースでは禁断症状が出るそうです。
そして、それは、その人のアルコール分解能力の強さとの関連性も高いそうで、禁断症状に関しては、アルコール分解能力が高いがゆえに、飲酒量が多いことで依存性が高くなることが多いとも言われます。
私の場合、禁断症状は皆無でしたが、それはアルコール分解能力が高いわりに、飲酒量がそれほど多くなかったので、体内で依存的な反応が起こらなかったのかもしれません。

私のようなケースは、相当まれで、多くの場合、この歳でこんな飲酒習慣の人は、なにがしかの禁断症状は出るみたいです。そうなると、私のように、気軽にトライも出来ないでしょうし、自分都合でたまに飲んで、その状態を管理するのも難しいのかもしれません。
実は、私の父は、そこそこ重症のアル中に近いアルコール依存症で、飲酒運転で事故を起こし、残念な晩年を過ごしていました。そうしたことが反面教師となり、私には一定の自制が機能したのかもしれず、背中で教えてくれた父に感謝しなければなりません。
言いたかったのは、実際にやるのはハードルが高いかもしれませんが、良い効果は間違いなくあるということです。
まとめ
飲酒は、「仕事のストレスからの解放感」「一日の終わりに『プシュッ』と開ける音の快感」「温かい食事との相性」「夫婦の会話の潤滑油」など、様々な「至福のひと時」をもたらしてれます。
飲酒は文化として、お祝いの席を始め、人生の様々な節目の場面で重要な役割を果たしてきましたし、これからもそうかもしれません。
しかし、一方で、その幸せは「薬害によりもたらされるもの」であることも、忘れてはなりませんし、断酒してみてわかる「これまでに失ってきたこと」もあります。
習慣としての飲酒を控えることの意味を知り、選択肢の一つとして考えてみてはいかがでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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